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2008年8月27日 (水)

クリスチャンになったいきさつ③

 というわけで、前回の続きです。。。

 それから間もなく、長男が学校に上がる年になり、私たち夫婦は子供たちをできれば私立校に入れたいと考えていたので、私はオレンジカウンティじゅうの私立小学校を調べまくっていました。

そんなある日、ふだんよく通る道路を走っていると、突然目の中に“クリスチャンアカデミー”と書かれた看板が飛び込んできました。

アカデミー(学校?)!と思ったその次の瞬間、私は教会だとは知らずにとっさにそこに入ってしまいました。

私にとっては、その頃はまだクリスチャンじゃなかったし、小学校であれば、キリスト教系だろうが、カトリック系だろうが、無宗教系だろうが、そんなことはどうでもいい話でした。

 だけど結局その日、この教会の敷地に偶然入ってしまった私は、学校の事務所まで案内してくれた見知らぬ女性に、「キリストを救い主として信じてみませんか?」と、歩きながら聞かれ、思わず「はい。」と答えてしまいました。sweat01

そしてそのあとすぐ、この女性が私を信仰告白の祈りに導いてくれました。

いったい何が起きたのか、どうしてあの時、あんなに簡単に「はい」と言ってしまったのかよくわかりません。

なので、もちろんこのときはイエス・キリストのことも100%心から信じていたわけではなかったし、聖書のこともまだほとんど知らない状態です。

でもあとから、それはとりあえず(最初の一歩ということで)良くて、神様は喜んで迎え入れてくださっていたこともわかりましたけど。

。。。。。

 その後、そこの教会学校に興味を持った私は、とりあえず教会の礼拝に参加してみることにしました。

そして、何だかよくわからないまま数回通ってるうちに、ある日ダンナが一緒に行くと言って私に付いてきました。

ちなみにこの頃、私は相変わらずまだダンナと不仲で喧嘩ばかりの毎日でしたから、まさか教会なんかに一緒に行くなんて言うはずも無いと思っていたので、ちょっとびっくりしました。

それからは、ダンナの方が「ここだ!」って感じで、この教会をどんどん好きになっていき、毎週通うようになりました。・・・・またまたびっくりです。eyesign02

そして私はその年の夏に、聖書のこともよくわからないまま、さっそく洗礼を受けてしまったのです。sweat01

(あとから聞いた話ですが、本当はもうちょっと聖書を学んで、心の準備をしてから洗礼を受ける人が多いらしいです、、、。でもこれも、神様は受け入れてくださいました。)

 。。。。。

 それからその次の年、長男と次男(プリスクール)両方ともこの教会学校に入学が決まりました。

 そして、私は子供のクラスメートの母親から教会の日本人女性の聖書の学びのグループに誘われ、おっくうではあったのですが“おつきあい”で参加することになり、どんどん聖書のことを学んでいきました。

 最初はさっぱりわからなくてくじけそうになりましたが、続けて読んでいるうちに途中からやっと聖書が本当におもしろくなっていきました。

“天地創造”や“ノアの箱舟”、“バベルの塔”などのいろいろな話や預言が出てきて、ただの“良い教え”ばかりが連なったものではないことがわかりました。  

 だけど、どうしてキリストが私の罪のために十字架で死ななければならなかったのか全然わかりませんでした。

「いったい、この人と私に何の関係があるんだろう?」と思いました。

しかもその3日後によみがえったなんてことも、どうしても信じられませんでした。

 そんな感じで、聖書の学びもそんなに熱心にしていたわけでも無いのですが、ある日、神様が超自然的に信じることができるようにしてくださいました。

 それは、目からウロコが落ちて、盲目が見えるようになった瞬間のようでした。

今までに、良くないことだけどみんながやってるから私もやっていいと思ってやってしまったこととか、向こうが悪い自分が正しい、と思ってやってきたいろんな間違いが、頭の中にどんどん出てきました。

すると、今までは自分が正しくて、ダンナのことばかりを悪いと思っていた自分が見えてきました。

自分も同じ罪びとなのに、私は自分の目から見た尺度でダンナ(周りの人)を測って、裁いていたことに気づきました。

 イエス・キリストが、十字架の上で、

「父よ、彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか自分でわからないのです。」(ルカ23:34)

 と言ったのは、その場でイエスを十字架につけた兵士たちだけのことではなくて、私もそうなんだと思いました。

 だけど不思議と、だからと言って落ち込むこともなく、神様に「ごめんなさい」という反省と、「赦された(救われた)」感謝と、「キリストが本当に神(の子)だとわかった」嬉しさが、いっきに交じり合い、その場で走り回って喜びました。

  。。。。

 以上が、私の証しです。

今思えば、15年前に、一番最初に教会に誘われたときに行っていればよかったなと思うこともありますが、全ての事には“時”があります(伝道者の書3:1)。見放さずに導きつづけてくださった神さまに感謝です。

 文章があまり上手ではないので、読みにくいところがあったかもしれませんが、最後までお付き合いしてくださり、ありがとうございました。;)

これを読んで下さったお一人お一人の方が神様にたくさん祝福されますように。

それと、これらのことは私だけに特別に起こったことではなくて,

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」 (ヨハネ3:16)

  です。

                     THE END

追記: このあと、もう一度きちんと再献身の信仰告白をしました。;)

 

                       

2008年8月25日 (月)

クリスチャンになったいきさつ②

 さて、その後、私はせっかくアメリカにいるのだからと思い、観光がてらクリスマスに、ある教会を一度覗いたことはありましたが、それ以上の興味はやはり湧かず、それっきりまたしばらくキリスト教の“キ”の字も聞かないような生活が続いていました。

そして数年後、私が次に敬虔なクリスチャンに出会ったのは、ロスの空港で働いていた時のことでした。

その時の同僚のご主人が、とても熱心な日本人のクリスチャンだったんです。

前回会った大阪出身の友人もちょっと変わっていて、不思議に感じることがありましたが、この男性は、“どこの惑星から来たの?”系の、その頃の私にはたまにちょっと引いてしまいそうなかなり熱いクリスチャンでした。

歳は私よりもだいぶ上でしたがとても腰の低い人で、私は平気でタメ口をきいてました。

彼はビジネスで身内にだまされて大損をし、その後奥さん(私の元同僚=未信者)に離婚を迫られて泥沼の離婚調停が何年も続きましたが、誰にも悪態を吐かずにいつも「イエス様に感謝ですね!」って、連発しているような人でした。

そして、この方によって私は生まれて初めて聖書を手にしました。

日本語の聖書で、中身は、わかりやすいように各章(66章)ごとに手作りの見出しを付けてくださっていました。

いつどこでだったのかも覚えていないし、別に「欲しい」と言ったわけでもないんだけど、差し出されて、特に断る理由もなかったので、「あ、どーも。」みたいな軽いノリでもらったんだと思います。

しかし、あいかわらず興味が無かった私は、その後この聖書も開くことすらせず、また何年も放って置いたままでした。

教会にも誘われましたが、どうしても行く気にならず、断り続けていました。

 この方とは今もたま~にお話しすることがあります。

もちろん、私がクリスチャンになったときも、とても喜んでくださいました。

。。。。

 それから、私は空港での仕事も辞めて子育てと主婦業に専念し、この方ともたまにしかお会いすることがなくなっていました。

。。。。。

 そしてまた数年後、その次に私に神様のことを話してくれたのは、当時お隣りに住んでいたアメリカ人の奥さんでした。

 実はこの頃の私はダンナとの間が最悪で、毎日のように喧嘩していました。

ダンナのやること、言うことすべてに腹が立っていたような毎日です。

夫婦関係のカウンセリングにも通っていましたが、あまり役には立っていませんでした。

 ちなみにその頃のうちのダンナは、神様の話も聖書の話もほとんどすることはない、口ではイエスを信じていると言っても教会には行かないし、聖書も読まないという人でした。

私はお隣のその奥さんにいつもダンナのもんくを言い散らしていました。

同時に、二人の息子の子育てにもつまずいていました。

とにかく、人生の中で最初の高い壁にぶつかっていて最悪の精神状態でした。

 そんな時、彼女が私のイライラしている姿を見かねたのか、私に「ここを読んでみなさい、必ずあなたのためになるから。」と言って、ある箇所にしおりをはさんで聖書を貸してくれました。

また、それと一緒に「祈る妻の力」というタイトルの本も貸してくれました。

 生まれて初めて、その時に聖書の中身をちょっとだけ読みました。

箴言31章。神様の目から見た良妻賢母の姿のようなものが描かれていました。

それを読んで、ちょこっとだけ聖書に興味が湧きました。

 それから、彼女と一緒に、近くの教会の日曜礼拝に初めて参加しました。

そして、その後そこに2ヶ月くらい通ったと思いますが、結局はすぐにまたその教会から離れてしまいました。

 その時の私は、ちょっとだけど聖書の教えを聞き、また、夫婦関係に関するお説教も聞いて、なるほどと思えることが少しだけあったので、もうそれで十分だと思っていました。

聖書には良い教えがたくさんあるんだろうなとは思いましたが、やっぱり宗教としか見ていなかったので、別にキリスト教というカテゴリーの中に入ろうとは思いませんでした。

イエス・キリストのこともまだあまりよくわかりませんでした。

だから、自然と離れてしまいました。

だけど、このあと不思議な導きで、ある意外な理由から再び、今度はまた別の教会に足を踏み入れることになる出来事が起こりました。

                       つづく、、、

 

2008年8月24日 (日)

クリスチャンになったいきさつ①

 今さらですが、、、

私はイエス・キリストを神の御子と信じて崇め、主(LORD)として愛するクリスチャンです。

今日は、どのようにして私がキリストを信じるにいたったか、ということを書きとめようと思います。

それは、私の人生の大イベント、このこと無しでは私の人生そのものを語ることはできないほど意味深いことなので、長くなるかもしれないけれど、一人でも興味を持って読んでくれる人がいるのなら、その方のために書くつもりです。

 まず始めに、私の実家はキリスト教などというものからは遠くかけ離れた家でした。

家には神棚もあれば、仏壇もあり、そして先祖供養を大切にする、ごく一般的な日本の家庭です。

アメリカに来るまでの25年間、自分の周りにクリスチャンの友人はいなかったし、キリスト教を含め宗教にはまったく関心が無かったどころか、宗教に入ると何かに拘束されるのではないかという思いがあったので、できれば避けて通りたい方でした。

私に生まれて初めてクリスチャンの友人ができたのはアメリカに来た最初の年でした。

私よりも4歳くらい年下の大阪出身の男友達です。

彼は、ちょっと変わってました。

変わっていたと言っても、妙な人とか、ちょっとあぶなそうな変人ではなくて、周りの普通の友達とは行動や言う事がちょっと違っていて、何か光るものがある感じです。

かと言って、“天使のような善人”、というタイプでもなく、一緒にバカなこともやるし、ユーモアのセンスがあって、とにかく小さなことを気にせず、明るく自由にのびのびと自分の人生を楽しんでいる人でした。

どうして普通の友達と違うと思ったかという理由の一つに、周りの同じ年代の男の子が女の子を肉体的に求めるのがごく普通になっている中で、あるとき彼は私に、

「なぁ、○○○(私の名前)、結婚するまでぜったいに自分のからだを大切にせなあかんよ。俺は、結婚するまでぜったい相手に手をつけん。清く保つで。」

って言いました。

われ先に早く経験することが“かっこいい”と思われるような時代に、早い話が「自分はまだ未経験だ」ということもバレバレですよ。

しかもそれを恥ずかしいこととはまったく思ってないんです。

そして、本当に私のことを思って「尊い体だから大切にしなさい。」って言ってくれたのがわかりました。 

それを聞いた私は最初、「はぁ?」と思いましたが、それがすごく新鮮だったのを今でもはっきり覚えてます。

それと、彼はいつも神様に感謝していました。全てのことを感謝していました。

日本へ帰国した彼から送られてきた手紙の中に何度も神様のことが書かれていました。

教会に行くようにも勧められました。

だけど、まだまったく興味の無かった私はそんな言葉はさらっと読み流して、ぜんぜん教会には行こうとも思いませんでした。

手紙と一緒に送られてきたキリスト教に関するビデオも見る気も湧かず、10年以上もたんすの肥やしになっていました。(だけど、そのビデオはなぜか捨てられずにいました。)

 それが、私の一番最初の“敬虔なクリスチャン”との遭遇でした。

もう、今から15年前のことです。

今はもうその友人とは連絡が途絶えてしまっています。

日本に帰国した次の年くらいに結婚して、奥さんの写真を自慢げに「めっちゃ美人やろ!」と書いて送ってくれたりしてたのですが、私がその後何度も引越しをし、向こうも韓国へ転勤になったり、ということが重なり、今はどこに住んでいるのかもわかりません。

本当は会って、「私もクリスチャンになったよ!祈ってくれててありがとう!」って言いたい。

だけど、もしも、もうこの地上では会えなくても天国で必ず会えるし、その時に伝えることができるので感謝です。

。。。。

 その後、私にはまたしばらく、何年もアメリカに住んでいながらクリスチャン(はっきりと自分がクリスチャンであることを宣言し、神様のことを語ってくれる)の知り合いができることはありませんでした。

  

       つづく、、、