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2009年3月15日 (日)

2000年も前に赦されてた

 先週の木曜日のこと。。。

S子さんから、日本から来ていた彼女のお母様の手作り春巻きランチに

招かれたので、食いしん坊の私は食べ物に惹かれて、

その日にやるはずだった奉仕も何とか前の晩に終わらせて、

いそいそとS子さんのお宅へと向かった。

 が、そこに行くのには一つの心配事があった。

と言うのは、その前の晩に、S子さんから、

ランチのあとに歌を歌って欲しいと頼まれていたから。sweat02

聞くと、その日はクリスチャン、ノンクリスチャン両方で10人ちょっとが

集まる予定なので、数曲でいいからメッセージ的な物をやってほしい、と言う。

 うぇぇぇ、coldsweats02 。どうしよう、、、。

先日風邪をひいてからまだ声の調子が戻ってないし、あまりにも急だよ。。。

でも、「やっぱ、ただ飯(メシ)は駄目っすよね~、センパイsweat02」、てな思いで、

「はい。」と答え、相棒のCちゃんにすぐ電話。

そして、Cちゃんとはほんの10分くらいの電話での打ち合わせで

曲を決めてハーモニーを確認。

二人でのリハは一切無しで、本番・・・。

 もう、恥をかくのを覚悟で、「せーの!えぃっ!!」って感じで、やってみた。

心を込めて歌ったが、結果は、自信が無い私の弱々しい声は上ずってボロボロ。

 ・・・・・・・・

ま、いいや、この世の終わりでもないし。。。な。coldsweats01

 でも、そのあとに一つ気が付いたことがある。

私は、最悪の出来と思っていた今日の歌なのに、S子さんが、

泣いていた人が何人かいて、今日は私もグッと来た、と言うではないか。w(゚o゚)w

しかも泣いていた人の中には、ノンクリスチャンの人もいたって。

(いやいや、あまりの下手さにかわいそうになって泣いたんじゃなくてよ。。。)

 そうか、、、。

本当にその歌のメッセージを伝えるのには、特別上手な歌手じゃなくてもいいんだ。

それは大きな励ましだ。

思うように歌えない時でも、神様の見えない力が働けば、

人によっては何かのメッセーが届くんだ。

やっぱ、音楽はいいなぁ。

 あぁ、行ってよかった。 春巻きも美味しかったし。。。restaurant

また食べ物で釣られるんだろうな。。。

  ところで、歌った3曲中の1曲は、私の大好きな、

    ― 2000年も前に赦されてた ―   作詞:作曲 ノア

  note 自分の弱さや、いたらなさのため、

    時には悩み、沈むこともある

    だけど、イエス様を 見上げたのならば、

    十字架の意味 押し寄せてくる

  

     もう2000年も前に、私は赦されてた

     イエス様の 大きな 大きな

     愛を 感謝しますnote 

   

 ある教会で歌われていたのをユーチューブで発見したので付けておきますdown

 

  

  

2008年10月11日 (土)

 そう言えば、大学のことしばらく書いてなかったけど、

秋になって、また新学期が始まった。

大学って言っても、私はたった一科目だけの聴講生だけどね。:)

062

       大学の音楽学科の建物

 本当は、今学期は週に二回通わなきゃならないので、

無理かな?と思ったんだけど、

先生が、「もしも忙しいのなら、来れる日だけでも来たら?」と

言ってくれたので、とりあえず登録した。

そしたら、うまい具合にその二日は毎週予定が開いていて、

今のところ最初の2週間を除いて、問題なく出席できてる。good ラッキー。wink 

☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

 しかし、この歳になって、なぜまた今さら歌を学びに?って、

自分でもたまに不思議に思う。(笑

 神様は人に、何かしらの特技とか、興味とか、与えてくれているらしくて、

私の場合は音楽かな?と最近やっと思えるようになってきた。

いろんなことに興味はあるんだけど、

よく考えたら、小さな時から興味を失うことなく来たものは音楽だけ、特にnote

 実は私は、小学校1年生から高校卒業までピアノを習っていた。

だけど、そんなこと人に言うのも恥ずかしいくらい下手っぴなのー。(;д;)

練習ちゃんとしなかったし、センス無し。

やめたいと思わなかったのが不思議なくらい。

だけどやっぱり、高校3年になって進路を決めるときに当然のように

音大に行くつもりでいろんな音大の資料請求をしていた。

ほとんどが東京の音大。

だけど、金銭的理由などで、東京の大学は親が却下。

私も納得できたからそれは問題無かった。

それで、しょうがなく、札幌のある短大の音楽科を目指すことにした。

ピアノの先生に「君はピアノ科はたぶん無理だから、声楽で行こう。」って

言われて、声楽科を受けることにした。(てか、よく考えたら、

ピアノの先生ってば、そんなぁ。crying )

だから、今まで歌なんてちゃんと教えてもらったこと無かったのに、

いきなり、3年の夏休みくらいから受験のために声楽も習い始めた。

と言っても、実際に声楽の先生に指導を受けたのは2、3回、かな?

意味のわからないイタリア語の歌を歌ったり、旭川の女声合唱団に

入らされて一度歌ったっけ。

だけど、そんなことをしている間に、だんだん考えが変わり始めちゃった。

東京の音大にも行けないし、

札幌の短大出ても、行き着くところは「音楽の先生」かな?って思い始めた。

別に音楽の先生という職業が悪いんじゃなくて、

自分には先生という仕事に興味が無かったんだよね。

だから、受験前ぎりぎりで音楽以外で好きだった「英語科」に進路変更した。

 今考えたら、周りの人たち(学校の先生、ピアノの先生、親)に、

えらい迷惑かけてしまったなぁと思う。

 そして、結局、札幌の大学の短期大学部英文科に入った。

大学に入ったらバンドをやりたかったので、

すぐに気に入った音楽系サークルに入った。

そこでは私、あまりまじめに音楽やらなかったけどね。(笑

 (今でも、札幌で、その頃のサークルの仲間たちが、

たまにライブやったりしてる。

その話を聞くとすごく嬉しくなるのよね。

もうけっこういい歳のおじちゃん、おばちゃんだけど、

家庭持ちながら、忙しい合間を縫って集まって練習して、

ライブやってって感じ。

やっぱ好きなんだよね。。。)

 それから私は卒業して、就職して、そのあと渡米して、結婚、子育てだったから、

もう人前で歌うことも無いだろうと思ってたんだけど、

クリスチャンになって、また思いもよらず歌う機会が与えられた。

だけど、久しぶりに歌って、自分の歌の下手さがよくわかった!shock

そして、もしも高校出て、音大に入って歌を学んでたら、

自分はどれくらい歌えるようになってたのかな?とか、

今から学んだら、どれくらいまで上達するのかな?って考えた。

もちろん、今さらプロの歌手になろうとかまるっきり考えてないけど、

もう一回、初心に戻るつもりで歌を学びたいなと思ったのが、

学校に行こうと思ったきっかけ。

 でもね、驚いたのは、実際ここでクラスを取ってみると、

けっこう、私のようなセカンドチャンス組みのおじさん、おばさんが多いんだ。

だから居心地いいよ。

 先生もはっきりしてるし、教えるのが上手で大好き。

そして、この先生に習ったことで、とても私の胸に響いたこと、

それは「歌い手は、メッセンジャー」なんだってこと。

歌そのものの上手さも大事だけど、どんなに上手でも、

聞いてる方に歌のメッセージ(詩)が伝わらなかったら、

意味が無いよーってこと。

「歌い手はメッセージをメロディーにのせて、

聞いてる人たちに伝える役目なんだ。」ってさ。

なんか当たり前のことのように聞こえるけど、

今までちゃんとわかってなかったぁ。

だからこの先生は、イタリア語の曲を課題曲に出す時、

私たちが歌う前に、必ず訳して意味を教えてくれる。

 レポート書きとかもあって、大変な面もあるけど、

自分の好きなことだからやっぱり楽しいよ。notes

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  授業の必需品(鏡は、口の開け方をチェックするため)